七月も半ばになってしまいました。
ズルズルと一歩ずつ滑り落ちるように遅れながら、今回はようやくの【欠落の姉妹編】です。もしお待ちいただいてる方がいらっしゃいましたら、ほんとうに申し訳ないです。一歩一歩遅れながらも着実にラストに向かっておりますので、もうすこしだけお付き合い頂けるとたいへん嬉しいです……!
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旧友イナが、警備の厳しい別の施設に移送される……その情報を得たグリフィンは、正攻法で(?)イナとの面会の機会をつかみ取りました。彼はついにイナと対面し、彼がほんとうに尋ねたかったこと、もっとも重要な質問をぶつけました……
それでは、本日もまいりましょう!
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グリフィン「騒ぎが収まり、パティオに施設の者たちが駆けつけて、あなたが連れ戻されようとした時……あなたはおれに、何か言い残そうとした」
グリフィン「あなたは、何を言いたかった?」
イナの瞳が急速に、光を取り戻してゆきました。彼女の頬は、いまやバラ色に燃えはじめた。思いがけず彼女に宿った輝きを見つめながら、グリフィンは話がはじまるのを待っていました。
イナ「……。大した話じゃないのかもしれない。あたしのなかで起こった出来事だから、あんたにとっては聴く価値なんてないかもしれない。でも、あたしにとっては劇的だった」
きらめく灰色の瞳に反して、イナの声は奇妙に低く響きました。
グリフィン「話してほしい。あなたの時間だ」
イナ「あたしが」
彼女の瞳が、闇のむこうの何かを捉えています。
イナ「あたしがこんな姿になって、舞台に立つこともできなくなって、踊るには手足が短すぎて、夫は息子を連れて去って行って……あたしの人生はもう終わったと思ってた」
イナ「このシセツに飼われていれば、食べるモノには困らない。このシセツで微睡むようにすごして、あたしが小さくなった原因を調べる研究に協力して、ただ穏やかに暮らしてく。それもいいかもしれないと思ってた。……ここにいれば、時々あんたも会いに来てくれるしね?」
そう言って、イナは悪戯っぽく笑いました。
その表情は、イナがおとなの姿をしていた頃……少女時代の笑い方にそっくりで、グリフィンとしては、目の前に華やかな娘が顔を突き出してきたような気分になりました。実際、十八歳だった彼女の肌の匂いさえ感じた。
珍しく、ぐあいの悪さを感じたグリフィンは【そういう冗談は受け取れない】と、目を伏せました。
実際、イナはすぐにふざけるのをやめました。
イナ「でも、あの不思議な夜にこのシセツから逃れようとして……自分の足で病室からとびだして、わかったんだ」
イナ「ああ、これがあたしの人生なんだって。あたしを押さえつけるもの、閉じ込めようとするもの、そういったすべてを突き飛ばしてはねつけて、あたしの人生を取り戻すために生きる。あたしはそういう人間だったって」
イナ「胸の内側で火花が散ったの。反抗して、勝ち得なければならない。ダンサーを目指してストレンジャービルをとびだした頃、あるいは冬のサンマイシューノであんたと出会った頃、あたしはまだ、そういう魂を持ってたんだよ!」
グリフィンの耳には、イナの昂揚した息づかい、走りはじめた心臓の鼓動までもが聴こえてくるようでした。
それともこれは、ほんとうに聴こえているのでしょうか?
そんなささやかな物音が?
どちらにしろイナの魂は今、長い坂道を駆けあがり、人生の次の段階へと羽ばたこうとしている。彼女にとって重要な局面が訪れていることを、グリフィンははっきりと理解していました。
イナ「あの夜、あたしはシセツを脱出できなかったし、トリーの許にたどり着けなかった。かわりに、あたしが忘れていたほんとうのあたしを取り戻した」
グリフィン「ほんとうのあなたの姿を、おれも知ってる」
イナ「そう。あたしはイナ・ポートランド。何があっても諦めはしない女だった。【小さな子どもの姿になってしまったから、もう劇場に立つことなんかできっこない】そんなこと、誰が決めたの?【小さな子どもの身体では、まんぞくに踊ることなんかできっこない】そんなこと、誰が決めたの?」
イナ「あたしはいつかシセツを出て、あたしの踊りをはじめるよ。今はムリでも、いつか必ずここを出る。サンマイシューノの道端で踊って、チップをもらえるようになる。身ひとつではじめるんだよ。十八歳のあたしが、本来そうしようとしていたように」
イナの瞳が希望に燃え上がれば燃え上がるほど、現実という壁画は音を立てて倒れかかってくる。
彼女はまもなく【D-4】施設に移送される。彼女自身は、そのことを知らないのです。グリフィンは彼女を、高い塀のむこうに見失うでしょう。
イナ「そして」
興奮しすぎた自分に気づいたらしい。イナは小さく舌を出し、眉を下げて続けました。
イナ「そして、あたしはお金を貯めながらトリーを捜す。あんなにくっきりとあの子の姿を視(み)たんだもの。あの子はまだ、この世界から消え去っていない。ケガだってしていなかった。あの子は元気でどこかにいて、捜し出されるのを待ってるんだよ!」
グリフィン「…………」
そうかもしれない。
そうではないかもしれない。
トリーのことについては、わからない点が多すぎます。
どちらにしろ、イナが明るい望みを持っているのは重要なことだと、グリフィン自身は考えました。少なくとも、心配のあまり身体を壊すなんていう状態よりはずっといい。今のところは。
イナ「……これが、朝のパティオで別れる時、あんたに伝えたかった話のすべてだよ」
グリフィン「ああ、わかった」
イナ「ごめん、あたし長く話しすぎたね。もう面会時間いっぱいじゃない?」
グリフィン「構わない。その話こそが聴きたかった」
グリフィンはまっすぐに、確信を得たように言いました。
イナ「うん……?」
壁のスピーカー「グリフィン・スノウフイール、時間だ」
グリフィン「もう行く」
と言ったのは、イナに対してでした。
いまや瞳を輝かせているのは、グリフィンのほうでした。彼はいまや、闇のなかに光を見出した人の顔をしていました。
別れの時。
【また来る】といういつもの言葉を、彼はついに口にしませんでした。
つづきます!
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バレエのレッスン風景は
Mercury foam 様のMODをお借りしております。
日本語化は maru 様 です。
いつもありがとうございます。
Thanks to all MOD/CC creators!
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